内閣改造の階段写真が気になった
9月17日、第2次高市改造内閣が発足しました。
首相を除く閣僚18人のうち10人が交代。午前中から、次の大臣は誰かというニュース速報が次々に届きました。
夜には、首相官邸の階段にずらっと並んで撮る記念写真のニュース。
謎なんですよね。
発表から数時間後には官邸の階段へ完璧な姿で集合している。
男性はモーニング、女性も礼装できっちり。髪も靴も整い、姿勢まで含めて、全員がすっかり「公式写真」仕様。
妙に気になりません。政策でも人事でもなく「そのモーニング、いつ用意した?」が。
大臣候補なら、モーニングは準備している?
今回、国土交通大臣として初入閣した井林辰憲さんは、衣装にアイロンをかけながら取材を受けていました。
私の疑問への答えが、いきなりニュースに。
慌てて準備しているようにも見えましたね。でも自前らしきモーニングは、ちゃんと手元にあります。
やはり、何も用意していなかったわけではなさそうです。
本当に気になるのは、テレビの取材も来ないような正真正銘のサプライズ人事と言われるような方の場合。
注目されてなくても国会議員なら、選ばれる可能性はゼロではないはずです。
そんな方々がどんな感じで、この日を過ごしているのかが妙に気になりまして。
実際の政治では、いきなり当選したばかりの国会議員が大臣、というのは通常のキャリアではないようですが、こんな場面を想像しました。
「お前、モーニング持ってないだろ」
朝、突然電話がかかってきます。
「○○さん、入閣です」
「えっ、私が!?」
「今回、君にお願いしたい」
本人は頭が真っ白。
そこへ、長く政治の世界にいる大先輩のような人が来て。
「おめでとう」
そして一言。
「お前、モーニング持ってないだろ」
そう言って、一式を差し出すのです。
サイズが少しくらい合わなくても、今日はこれを着ろ、と。
「ありがとうございます」
本人は、自分が選ばれるなどと思っていない想定。
それでも周囲には、日頃の仕事を見ていた人がいた微笑ましい光景。
本人より先に、周りの人がその日のために準備していたのは絵になりますよね。
そんなこと想像したけれど。
ただ、その日に東京にいないとなると、さすがにどうにもならないですよね。
朝、突然「今日、官邸へ」と言われて、
「すみません、いま北海道なので、飛行機を調べます」では残念。
となると、新人でも「明日は一応空けて、礼装用意しておいて」みたいなこと言われるのとか。
ますます疑問が深まるばかり。
まだ立っていない場所を想像する
また、私の勝手な想像です。
あそこまで政治の世界を上がってきた人は、一度くらい、自分があの階段に立つ姿を想像しているのではないかなと。
大臣になる日が本当に来るかどうかは分からなくても、まだそこにいないうちから、その場所に立つ準備をしているのかもと。大物あるあるを考えてみました。
「俺はいつか総理大臣になる」と、心のどこかで思っているなら、官邸の階段に立つ日の服くらい、既に持っていても不思議ではありませんから。
でもこういうことって、自分で密かに考えるか、身近な人にしか相談しないかもと。やはり真相はわからない。
私、社会人になった時、とりあえず喪服を一着用意したんですよ。母に言われたかそんな感じで。何となく会社で喪服持ってるみたいな話を同期の子と話した記憶がありますが、指示された覚えはなく。でも暗黙の了解だったような。
となると、国会議員になったらモーニング用意説があるかもしれません。
ここまで考えているうちに、別の疑問が湧いてきました。
そもそも大臣は、いつの時代からモーニングを着るようになったのでしょう。
モーニングの用意について調べていたはずが、話は日本の礼装の歴史へ向かいます。
いつの時代からモーニングを着ていたの?
現在の内閣写真ではモーニングが定番ですが、昔はもっと豪華な礼装がありました。
明治政府では、文官には金刺繍の入った大礼服、軍人には軍服がありました。しかも当時の大臣には軍人出身者も多いので、内閣の正式な場では、きらびやかな大礼服と軍服が並ぶことになる。
かの伊藤博文の大礼服は、黒い立襟の燕尾服を土台にして、
襟と袖に金色の桐唐草の刺繍
房の付いた肩章
胸に勲章
肩から斜めに大綬
腰には「佩剣(はいけん)」
ズボンの脇にも金線
という姿です。かなり軍服に近く見えますが、伊藤博文のものは侯爵としての大礼服です。1895年に着用した写真も確認できます。文化遺産オンライン「伊藤博文写真」
そして敗戦後、華族制度や旧来の服制がなくなり、大礼服も姿を消しました。一方、天皇陛下の前で正式に任命される儀式は残り、現在では男性閣僚がモーニングで臨む姿が定着しています。
大礼服と比べると、現在のモーニングはずいぶん簡素に見えます。金刺繍も肩章も大綬も佩剣もなく、黒い上着と縞のズボンという控えめな姿です。
大礼服までは求めない。けれど、普段の背広でよいわけでもない。その間に、現在のモーニング姿があるように見えてきました。
礼装の歴史をたどると、さらに気になることが出てきました。
そもそも、天皇陛下にお会いするとき、服装はどのように決まるのでしょう。
天皇陛下にお会いするとき、何を着るの?
そういえば、りくりゅうペアの羽織袴と振袖がよく似合っていました。印象に残る美しさでした。
天皇陛下にお会いする場ではありませんが、羽生結弦さんが国民栄誉賞の授与式で選んだ羽織袴も、目に焼きついています。
きっと場の格に合わせる共通認識で成り立っているのだと思います。
もちろん、実際には行事ごとの服装の案内や慣例があるのでしょう。
それでも、その根にあるのは、全員が同じ服を着ることではなく、その場に対して失礼のない、ふさわしい格式の装いを選ぶという考え方なのだと思います。
男性なら、昼はモーニング、夜なら燕尾服、和装なら黒紋付羽織袴。
女性なら、ロングドレスや格式の高い着物。
外国の賓客なら、その国の民族衣装や礼装もあり得る。
細かな選択肢は違っても、普段着や仕事着のままではなく、自分の文化の中で、その場にふさわしい装いで伺う。
そういう認識が共有されている。
こういう感覚は、私たちにも小さな形でありますよね。
たとえば七五三。神社から「着物やスーツで来てください」と決められているわけではないのに、子どもに晴れ着を着せ、付き添う大人もいつもより少しきちんとした服を選びます。
誰かに細かく指示されなくても、「今日はそういう日だから」と、場に合わせて装いを整える。そこには、認証式の礼装にも通じる感覚があります。
認証式では、さまざまな選択肢の中から「男性閣僚はモーニング」という型が、ほとんど制服のように定着してきたのでしょう。
つまり、私たちが見ている官邸の階段写真は、単なる政治家の制服ではなく、日本が和装から洋装へ移り、軍服と大礼服の時代を経てきた歴史の末端へと行き着いたのかもしれない。
明文化された決まりというより、誰もそこで崩そうとは思わない儀礼上の約束。
結局のところ、モーニングを持っているかどうか以前に、その場の格を理解している人たちの世界なんですね。